有機栽培コーヒー豆を丁寧にハンドピック&自家焙煎し奄美をイメージしたオリジナルブレンドや、お好みに合わせたブレンド作りをしています。

南海030717

●「島のものさし」●
南海日日新聞2003年7月17日

●牛乳パックが教えてくれたこと
 10年近く前、徳之島の果樹農家に1ヶ月ほど居候していたことがある。
 その頃住んでいた場所で、私は結構熱心に牛乳パックの回収運動をやっていた。当時はスーパーなどで回収が行われていなかったため、マンションの管理人と掛け合って牛乳パック回収のためのカゴを置かせてもらい、週に一度、自転車で集まった牛乳パックを自治体の回収ポイントまで運んでいたのだった。
 また、加入していた有機農産物の産直グループで、静岡県にある再生紙工場の見学にも行き、回収した牛乳パックからトイレットペーパーを作る工程を見せてもらったりもしていた。
 徳之島の家では、飲み終わった牛乳パックはゴミとして捨てていた。しばらくは遠慮があって何も言わずにいたが、「これが再生紙の原料になるのに」と捨てるたびに残念でならなかった。そして、ある日、思い切って言ってみた。「なぜ、牛乳パックの回収をしないの?再生紙になるのに」と。私のなかには「島の人たちはリサイクルの観念が遅れている」という気持ちもあった。
 しかし「集めた牛乳パックを内地に送るためには、空のコンテナを運んでくるお金とそれを送るお金が必要なのよ。それをどうやって出すの?」と言われ、私は愕然とした。輸送費なんて考えてもいなかったのだ。
 私の「リサイクルの観念が遅れている」という考えは、内地の、自分が暮らしていた場でのものでしかなかったのだ。

須子茂小海開き
加計呂麻島・須子茂小学校の海開き(2002年6月)

●しまに寄り添って見えてくるもの
 奄美大島や徳之島を車で走っていると、地元の人たちはたいてい制限速度を守って時速40〜50キロだ。最初のうちは、このスピードにかなりイライラした。東京近郊のこのくらい空いている道で制限速度通りに走っていたら、クラクションを鳴らされるだろう。
 いろいろなシマの人たちと話をしていて、会話のテンポがかみ合わないこともあった。けれどそのテンポ、間の取り方などがわかってくると、だんだんと話が通じるようになってくる。そして、気がつくと、私も地元の人たちと同じスピードで運転していた。
 すると、何度も通っていた道にも、新たな発見がある。見落としていたものが見えてくる。
 ある浜で子どもたちと数人の大人が泳いでいるのを見て、車を止めて近づいていったことがある。それは、小学校の海開きだった。私は島の子=誰でも泳げると思っていたが、ほとんど泳げない子がいることを知った。これも自分の浅はかな固定観念だったのだ。私はその泳げない子に申し訳ないと詫びたくなった。

●島のイメージと島での暮らし
 亜熱帯の島、奄美。それは内地、ことに都会で暮らす人にとっては、ゆったりして開放的な場所というイメージがある。けれど、島の日常生活は楽ではない。
 東京近郊では1リットル100円前後のレギュラーガソリンが、島では120円以上する。内地との物流は輸送費がかかり、それでいて品物は限られている。内地からだけでなく群島内でも、島を渡るにはコストがかかる。子どもの練習試合や修学旅行だって、船で時間と経費をかけて移動する。台風が来れば物流は数日間に渡りストップする。
 高齢化と過疎、少子化の問題は深刻だ。市町村の財政は逼迫し、職場も少ない。そうした中で、伝統的な行事や祭祀が行われなくなるシマも増えている。
 自ら望んで島を離れる人、進学や就職などの事情があって島を出る人は後を絶たない。離れたところから島を懐かしむ人もいれば、帰ってくる人もいる。けれど、二度と戻りたくないと思う人もいるだろう。
 島で暮らすということは、生半可なことではない。さまざまな厳しさと闘ったり、その厳しさを受け入れていかなくてはいけない。

●奄美の魅力と内地の物差し
 奄美の魅力は多彩だ。奄美大島の豊かな自然、徳之島の闘牛、沖永良部島の花、それぞれのシマによって異なる島唄や料理、落人伝説、伝統芸能、あるいは黒糖焼酎も観光ポイントになるだろう。
 しかし、そうしたものはどれも奄美の一部でしかない。そして、どれも内地にはないものだ。
 内地にはないもの=貴重な観光資源、という考え方を否定はしない。それは紛れもない事実なのだ。しかし、この考え方の根底にあるのは、全国共通の教科書的な物差しではないのか。物差しのもとになる尺度は、内地にあるのだ。その物差しで、奄美の魅力を語ってよいのだろうか。奄美を語るとき、内地と比較することはあっても、その視点は奄美になくてはならないだろう。

●私を変える奄美の視点
 何百年という歳月をかけて培われてきた奄美の暮らし。そこには、他の地域からの影響もある。そのなかで、奄美が独自性を育み、守ってきたものは何か。
 厳しい自然環境と地理的条件のなかで時にたくましく、時にしなやかに生きていく智恵を持っているということこそが奄美の特殊性であり、奄美ならではの視点に通じるのではないか。
 その視点は、内地の、あるいはトーキョーの物差しだけが正しいわけではない、ということを突き付けてくる。そして都会での新しい身の置き方-問題への対処方法や暮らし方-を教えてくれるのである。
 私にとって奄美という場は、自分の凝り固まった価値観を壊し、作り直し、自分を広げていく場である。
 島の視点。私にとっては新しいものの見方に気付くとき、私は自分を押し込めていたカラのひとかけらが壊れ、風通しがよくなっていくのを感じるのである。

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