有機栽培コーヒー豆を丁寧にハンドピック&自家焙煎し奄美をイメージしたオリジナルブレンドや、お好みに合わせたブレンド作りをしています。

南海041116

●奄美の将来像を考えるー1●
南海日日新聞2004年11月16日

●はじめに
 一昨年、八年振りに奄美を訪れることになったとき、東京にほど近い埼玉県に住む私が困ったのは、奄美の情報の少なさだった。旅行ガイドブックはあっても、奄美の魅力を語るものがほとんど手に入らなかった。
 奄美に深い関心を寄せている私から見て、昨年の奄美群島復帰50周年を機に、マスコミが奄美を取り上げる機会は増えている。しかし、機会が増えている割に情報の幅、厚みが増しているかどうかは疑わしい。その点で、状況は三年前とほとんど変わらないと言っても過言ではないだろう。むしろ、この間に何度か奄美を訪れ、文字化されていないさまざまな情報、人々の話を自分なりに積み重ねてくると、物足りなさはより強くなっているとさえ言えるだろう。
 自らもライターとしてマスコミに連なる者として、これは看過できる問題ではない。
 情報の受信者が不特定多数であるマスコミの限界を感じつつ、コアな情報が欲しい人たちにどうやって島の魅力を伝えていくか。それは、私自身の問題でもある。
 と同時に、島の人たちの情報発信の仕方にも改善の余地があることも否めない事実であると感じている。
 マスコミの裏事情を交えつつ、奄美がこれからどういう情報を発信していくのかを考えてみたい。

●全体象を伝えられない旅行ガイドブック
 今年も夏が近づくとともに、書店の雑誌コーナーでは「南の島」特集を組んだ雑誌が並んだ。どの雑誌もメインとなる写真は青い空、白い砂浜、抜けるような青空という、三点セットが基本である。こうした紋切り型をベースに、各島の地形的特徴、動植物相の特徴などを味付けとして紹介することは、各島の歴史的経緯や民俗学的特質そして自然や地理的特徴から織りなされてきた本来の特徴を薄れさせ、画一的な「南の島」のイメージを作り上げている。
 しかし、実際にはひとつひとつの島にはその島独自の特徴があり、ひとつの島の中でも地域によって、そして集落、シマによって、他の地域、集落、シマとは異なる風土、特徴をもっている。今年1月に沖縄本島を起点に、フェリーで与論、沖永良部、徳之島から奄美大島、そして喜界島と慌ただしく取材で回ったが、そのときにも、一言で奄美群島といってもこれだけ各島の個性が違うものか、と心から驚いた。
 この取材は旅行ガイドブック制作のためだったが、既存のガイドブックでほんの数ページ、場合によっては半ページしか割り当てられない小さな島の、真の姿を伝えることは困難だ。もともと旅行ガイドブックは、観光ポイント、観光施設の断片的な紹介をまとめたものであるから、島に限らず、当該地域の全体像を伝えるという点は不得意になってしまう。
 また、観光ポイント、観光施設は特にないが、その島の空気がなんとも言えず魅力がある、というような場所は、旅行ガイドブックが最も「扱いにくい」部分ともいえるだろう。

奄美の三点セット
青い海と空、白い砂浜、ソテツやアダンの緑、という「三点セット」の写真

●問題は掲載よりも扱い方
 私は、縁あって、一昨年から奄美大島と加計呂麻島に何度か足を運んでいる。今では加計呂麻の小さな集落を歩いていても、最初から「どこからですか?」と聞かれることは少なくなったが、以前はまず「どこから?」と聞かれ「東京から」と答えると「東京の人が、本にも出てないのに、なんでこんなところまで?」とよく訝しがられた。
 奄美や加計呂麻の人に限らず、地元の人にとっては、「ガイドブックに載る」ことは誇らしくもあるのだろう。しかし、本当は「ガイドブックに載る」ことより、「どういう風に紹介されているのか」また本全体の中でどう扱われているのか、が問題なのである。極端なことを言ってしまえば、「場所埋め」のための写真や情報、というのも、実際に制作している場合には、起こりうることなのだ。

●出版社の事情
 沖縄に関して見ると、本島については各出版社とも「もう、ありきたり」=「売れない」として特集の目玉にはならなくなっている。出版社としては、本が売れることが第一義である。そのため、各出版社とも「目新しい場所(企画)」を探してはいるが、そこで余り他社と異なるものを出すことは冒険であり、どこかで無難な路線に落ち着くことになる。
 今年7月に、私が上梓した『ムンユスィ 魂のふるさと−奄美の素顔』(しののめ出版)という書籍は、2002年に2回、2003年に5回、それぞれ1〜2週間奄美大島を訪れて撮影した写真や島の人たちから聞いたことなどをまとめたものだが、そこには三点セットの写真も観光ポイントの紹介もない。私が見聞し、感じ取った奄美での暮らしをいろいろな角度から見詰め、その素顔を描き出そうとしたものである。
 多くの出版社ではこうした企画について「おもしろいけれど、売れない」と判断する。そこで聞かれることは、「どのくらい売れるか」であり、著者が1000部程度を販売できる何らかの販路を持っていることが期待される。
 地方の特色に関する優れた著書の多くが地方出版社から発行されているのは、こうした事情もある。どうしても一度に大量に印刷・製本を行う都会の大手出版社では、小回りがきかないのである。今回、小さな出版社とはいえ、在京の、奄美とは縁もゆかりもない出版社がこの本を発行したことは英断とも言える。

●誌面に反映される制作者の熱意
 制作費や制作日数に関しても非常に厳しくなっている。雑誌や旅行ガイドブックでは、取材地を決めたら既刊の旅行ガイドブックやインターネットの情報を元に、取材前に記事の編集方針が決められる。こうして行われる取材は、情報の確認作業に過ぎない。取材先で取材者が新たに聞いた情報などを入れることは、記事の構成自体を変更することになり、制作日数との関係からかなり難しくなる。
 また、制作者にとっては、月刊誌や旅行ガイドブックシリーズという継続性のある発行物のひとつとしての取材地であり、「その地域の魅力を読者に伝えたい」という熱意がさほど感じられないことも珍しくはないのである。制作者に「伝えたい」熱意があれば、それは必ず誌面に反映される。ライターである私が言うのは問題があるかもしれないが、制作者の熱意は時として文章の巧拙を上回るのである。
 こうしたことは、出版界の事情を知らない方にとっては、かなり衝撃的かもしれない。けれど、三点セットの「南の島幻想」の背景を知った上で、奄美の観光とマスコミとの関わり方を考えなければならない時期に来ているのではないだろうか。そして、その関わり方を決めるのは、奄美が自らの将来像をどう描くかによるのである。

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