有機栽培コーヒー豆を丁寧にハンドピック&自家焙煎し奄美をイメージしたオリジナルブレンドや、お好みに合わせたブレンド作りをしています。

南海041117

●奄美の将来像を考えるー2●
南海日日新聞2004年11月17日

●マスコミが「南の島」に求めるイメージと島の現実
 夏を前に発売される雑誌などが「南の島」に求めるのは、ステレオタイプの絵だ。都会の現実を離れてのんびりできる、というイメージを読者に与えることが必要とされる。きれいな海と砂浜、豊かな緑、色鮮やかな花などの原色の色合い、そして温かい人たちの笑顔だ。
 つまり、「都会人が頭をカラッポにしてボーッとできる」非日常的な絵と話が欲しいのであって、島の現実的な問題は「触れてはいけない領域」とされる。「南の島」に非日常を求める読者にとっても、島が現実に直面している問題は重すぎる。
ところで、奄美大島は年間2500mm以上の降雨量があり、雨が非常に多い。抜けるような青空、というのは毎日のように見られるものではない。そして海岸線も白砂が全てではない。しかし、雑誌などで好まれるのは先に挙げたような原色の色合いであり、それをつなぎ合わせてイメージされる奄美の風景は、島の人たちが自ら持っている島のイメージとはかけ離れたものになっている。

●マスコミが再編する情報がもたらすもの
 取材する側は、既存の情報から取材予定を立てる。ここで問題になるのは、取材する側がどれだけ自分で情報を集めたり、現地観光ガイドなどのコーディネイターから現地ならではの情報を引き出せるかであるが、実際に取材コーディネイトをしている人たちからは「無理な注文が多い」との声を聞く。
 たとえば、午前中に金作原の原生林で撮影をして、午後、マングローブでカヌーツアーをし、その後、大島海峡でダイビングをしたい、という要望がある。東京での移動時間の感覚をそのまま島に持ち込めば、名瀬市郊外の金作原原生林で半日費やしても、市内から20分ほどで行ける住用村のマングローブはすぐに取材でき、そこから30〜40分で行ける大島海峡でダイビングをするのも簡単だ、という意識なのかもしれない。しかし、現実にこんなコースを1日でまわる人はいないし、このコース設定では「その場に行く」ことはできても、ゆっくり取材をすることはできない。つまり、それぞれの表面的な絵は撮影できても、その真の魅力に触れることは非常に難しい。
 私自身、いくつかの旅行ガイドブックの取材を経験しているが、いずれもスケジュールは非常にタイトで、取材させてもらう人からようやくおもしろい話が聞けそうになった頃には次の取材先へ移動しなければならない、ということがよくあった。
 また、テレビ番組でも、奄美北部と中南部の風景がごく近くにあるかのような編集をされていることが多い。
こうした情報で奄美のイメージを組み立てて訪れる観光客は、必然的に取材者と同じような要望を持つようになる。そして、こうしたコースが1日では無理と知ると、「なんだ、できないのか」という失望を抱き、それは奄美へのイメージダウンになる場合もある。

マングローブ
観光客に人気のある住用のマングローブカヌーツアー

●効率的な「旅」で見落とされる「間(ま)」
 取材する側のタイトなスケジュールは、点在する観光ポイントや観光施設という「点」をこなす行程であり、「点」と「点」との間はいかに時間を短縮して通過するか、がポイントになっている。これが観光客の「目的地」へ向かう「移動」にも反映されてはいないだろうか。
 「旅」が単なる「移動」になり、ガイドブックなどで見た景色の「再確認」になってしまったのは、奄美大島に限ったことではない。
 しかし、私が奄美を巡っていて感じるのは、「目的地」だけでなく「目的地へ行く」までの「間(ま)」の楽しさだ。名瀬から南へ国道を通っていても、住用のマングローブを過ぎてからの深い山を縫ってくねる道は、昔日の人たちの苦労に思いを馳せずにはいられないし、今ほど道路が整備されていなかった頃のシマがいかに孤立していたか、そしてそれだからこそシマの中で協力しあって暮らしていたことを思い知らされる。
 レンタカーで目的地目指して一挙に駆け抜けてしまっては、もったいない「間」ではないだろうか。
 島の、シマの人たちとの会話で感じる「間」の取り方、シマごとに異なる唄の「間」やリズムは、こうした厳然としてある「間」と無関係ではない。奄美の魅力は、三点セットではなく、この「間」を抜きにしては語れないのである。

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