有機栽培コーヒー豆を丁寧にハンドピック&自家焙煎し奄美をイメージしたオリジナルブレンドや、お好みに合わせたブレンド作りをしています。

南海050511

●黄色いダイヤモンド●
南海日日新聞2005年5月11日

 目が覚めると雨が降っていた。
「雨が降っても、収穫は休めないのよ、ビワが太るから」
 農家で手伝いをしたいと島に来て5日目。今日は作業が休めるかなという淡い期待は、瞬時にして消え去った。
 ーーこれが、現実。収穫時の作物は放っておけない。
 顔を洗ってから、洗濯しても泥汚れの落ちなかったトレーナーとスエットパンツに着替えて慌ただしく朝食を済ませ、首にきっちりタオルを巻き、長靴を履いて外に出る。
 パッションの棚の下に置いてある軽トラの荷台に空のコンテナをいっぱいに積み上げ、助手席にかりんとうと黒砂糖を入れながらハサミが2つあることを確認し、グァバ茶を入れた水筒とコップを荷台に投げ入れる。
「帽子も持ちなさいよ、雨よけになるから」
 ツバの大きな麦わら帽子をかぶって運転席のドアを開けながら、姉さんが声をかける。私があわてて帽子を作業場に取りに行っている間に、姉さんはもう軽トラをバックさせ始めている。

 大粒の雨が軽トラのフロントガラスに落ちてくる。
 ふと、母のことを思い出す。雨が降りだすとすぐに「傘をさしなさい」と言っていた母。おかげで私は、ちょっとでも雨が落ちてくれば、すぐに傘を広げるようになり、それが友だちの失笑をかったりした。
 そんな私が、これからこの島で雨の中、傘もささず、レインコートも着ずに薄汚れた服装で畑仕事をするなんて、母はいま、想像もしていないだろう。
 ぼんやりとした考えは長くは続かない。畑はすぐそばだ。草を踏みしめた軽トラ1台がやっと通れる道が、道路から緩やかにカーブしながら下っている。そこを姉さんはこともなげにバックで降りていく。
「ここにいる間に、あんたもこれを降りられるようになるかねぇ」
 車の運転はできても、こんな狭い未舗装の道なんて運転したことがない私は、十分な働き手にはなっていないのだ。
「帰りにぬかるんで車が上がらなくなったら、あんた押すんだよ」 姉さんは楽しそうに声を立てて笑う。

 私は畑の奥から、姉さんは手前から。島に着いた翌日から、作業エリアは決まっていた。ハサミとコンテナを持ち、私は畑の奥へ向かう。
 ビワにかけたふくろの口を開き、実の大きさを確認し、袋を閉じて、ハサミを入れる。
 袋をかけたままのビワは、コンテナをすぐに一杯にする。コンテナの縁より高くすると、重ねられなくなる。
「ちょっとのところで欲張ると、ビワをつぶすから、気をつけなさいね」
 最初の日の姉さんの注意を、私は忠実に守る。一番上のビワが押されれば、その下のビワも押される。コンテナを変える手間を省き軽トラの荷台に積み上げる労力を減らそうとすれば、傷つきやすいビワは商品にならなくなる。私の作業精度が、この一家の収入をも左右するのだ。

 雨はやまない。ときどき小降りになるかと思えば、また大粒の雨が頼りない麦わら帽子やビワの葉を叩き、パラパラと音を立てる。
 どこかでヒヨドリのピーという声がする。
 ーーこんな雨でもヒヨは来るんだろうか。
 ヒヨはビワを色で見つける。切ったビワの袋の口が開いていれば、袋ごと持っていく。枝に残っている袋の口をしっかり締めておかなければ、容赦なく突っつきに来る。
 雨は手を濡らし、ハサミが滑ってツメを飛ばす。腕を上げて作業しているために、袖口から中へ、雨粒がゆっくり融けあいながら流れていく。トレーナーがいつの間にかしっとりと水分を含み、体温を奪い始める。
 ーーお昼に帰ったら熱いシャワーを浴びたい。
 姉さんが唄を歌っている。島の唄。太くハリのある姉さんの声がゆっくりと、大きな波を描くように上下する。
 きっと今日の海は、こんななんだろう。薄い水色を混ぜたような鼠色の低い空に、重い鈍色の海がゆったり大きく揺れながらときどき白い波頭を見せているはずだ。

 雨は午後もやまないだろう。
 もうじき梅雨が始まる。それまでに全部片づけなければならない。
 今日もまた夜中まで箱詰めだろうか。毎晩の選別、箱詰め作業は、ときどき鶏卵ほどもあるビワに驚いたり、ちょっと小さいビワの上品な甘さに、一時、疲れを忘れるとはいえ、12時前後になれば慣れない昼間の作業の疲れが確実に襲ってくる。昨晩も「もう12時過ぎたよ」と言う私に、姉さんは「前は毎晩、2時頃まで箱詰めしてたのよ。いまはらくなもんだけど、あんたも疲れが出る頃ね」と言って「どれ、終わりにしようかね」と立ち上がった。
 お正月も休む事なく、姉さんはビワの摘花をし、袋がけをした。
「ビワは手がかかる」。姉さんは事あるごとにそう言う。でも、その口調には、手のかかるビワを作っているという自負と、そのビワの収入が姉さんの農業経営の大きな柱になっているという誇りがある。

 あれから10年。
 私は港に入るフェリーの甲板から姉さんの姿を見つけ、大きく手を振る。60歳を過ぎたはずなのに、姉さんは10年前と変わらない。顔を輝かせ、小躍りしながら両手を高く振っている。
「相変わらず、全身で感情表現する人だなぁ……」
 その様子を見ている私まで飛び跳ねたくなるほどだ。

 迎えに来てくれた軽自動車の中で私は聞いた。
「今年はビワはどうだった?」
「ビワはね……、ビワは2年前にやめたよ。手がかかりすぎて、私ひとりじゃもうやりきれない。お父さんも退職してから畑を手伝ってくれてるけど、もう年だからね」
「じゃあ、ビワの木は?」
「みんな、切ったよ。切り倒して、抜いたのよ。家で食べる分や少し送れる分だけ、何本かは庭に植え替えたけどね」
「そう……」

 たった2週間のビワ畑。あの日、姉さんの唄声でわけもなく、止めどもなく涙を流したビワ畑は、私の永遠の思い出になってしまっていたのだった。
 私は姉さんにかける言葉を探したが、見つけられずに黙っていた。
 言葉にならないふたりの思いが狭い車の中で寄り添いながら、ヤシノキを等間隔に植えた海沿いの道を走っていった。

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